金継ぎ教室では、まず何よりも先に漆のことからご説明させていただくことにしています。
1本の漆の木を育てるのに、どれほどの時間がかかるのか。
そして、時間をかけて育てた木から取れる漆が一体どれくらいなのか。
そんなお話をしているので、生徒さんたちもなぜ「漆の一滴は血の一滴」と言われるのかを、
漠然とでも理解していただけていると思います。
とは言え、福岡にいるとなかなか実際に栽培されている漆の木を目にしたり、
漆掻きを見学するといったことはできません。
そのため、丹波だったらそこまで遠くはないので、いつか行ってみようと考えていました。
ただ、「いつか」なんて思っていたって、なかなか実現はしないもの…。
そんな中、ふとしたことがきっかけで福岡市内から車で1時間もかからない、
佐賀県鳥栖市というところで、
およそ20年前に漆の木を植樹され、現在も活動をされている方がいるという情報を入手。
福岡から鳥栖までなら、余裕で日帰りで行けるではないですか!
さっそく金継ぎ教室の生徒さんが連絡を取ってくれ、
漆掻きを見学させてもらえる日程まで調整してくれました。
福岡からもほど近い鳥栖で漆を育てられているのは、
鳥栖市内で漆器も含めたうつわを取り扱う『道具の多く美や』を営む渡邊さん。
その取り組みに共感した方々が集まり、現在は『鳥栖漆会』というコミュニティもでき、
渡邊さんが育てた漆の分根や植樹など、さまざまな活動をされています。
そして、およそ20年前に70本の漆の木を植えられたという山まで出向き、
漆掻きをさせていただいたのですが、
そこでは「漆の一滴は血の一滴」であるということを、まさに肌で感じることができました。
漆の木に切り込みを入れると、そこからじわっと樹液が出てくる様子は、
本当に傷口から血が滲み出してくるようで、
「自然の恵みをいただいている」という実感が湧いてきます。
さらに、当たり前のように使っていましたが、
金継ぎではこの樹液が強力な接着剤にもなると思うと、とても不思議な気がします。
みんなで一緒に漆掻きをしたあと、
「20年後、海の中はどうなりますか?もうプラスチックで埋め尽くされとるよ」と、
渡邊さんは最後にお話しされました。
その時に思い出したのが、うちの師匠でもある清川廣樹先生の「土にかえす」という言葉。
何であれ、形あるものはいつか壊れ、使えなくなってしまう日がきます。
また、時代が変われば、用途そのものが必要とされなくなることもあるでしょう。
その時に、土へかえすことができるようにすること。
それが、今それを使って暮らしている私たちの責任だと言うのです。
だから、金継ぎには漆をはじめとした自然の素材しか使わない−−。
「もうそろそろ損得勘定はやめて、もとに戻りませんか?」と、渡邊さんは語ります。
自然への敬意を忘れず、自然と共存できる暮らしを選ぶ。
それは、けっして難しいことではありません。
お気に入りのうつわを金継ぎして使い続けることも、そのひとつです。
格好つけてSDGsやサステナブルといった言葉をもっともらしく使うのではなく、
私たち一人ひとりが手を動かし、自分にできることをする。
そんな小さな積み重ねこそが、持続可能な社会づくりにつながるのではないでしょうか。